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東京高等裁判所 昭和39年(ラ)471号 決定

抗告人 前田孝之

相手方 村橋栄

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣旨および理由は別紙のとおりである。

本件仮処分申請は、抗告人が相手方に対し抗告人主張の土地につきその主張のような賃借権を有することの確認を求める訴を本案として、本件土地の所有者である相手方に対し本件土地について売買等による所有権の移転、地上権その他の物権の設定をなすことの禁止を求めるものである。しかし、一般に仮処分命令において定め得る事項は本案の請求として相手方に求めることのできる範囲内の事項に限られるべきであつて、本案判決によつて与えられる以上のことを仮処分によつて実現することは許されないと解するのを相当とする。本件において抗告人が本案訴訟によつて地主に対しその確認を求めようとする権利は賃借権であるので、その権利の本体は抗告人が本件土地を使用収益することを地主において忍受し、または地主に対し使用収益しうるよう請求する権利というべきでありなお占有を伴うことにより第三者に対する妨害排除請求権を包含することもあるけれども、地主に対する関係において賃借土地につき前記のような売買等の処分をしないことを請求する権利まで含むものでないことはもとより明らかであるから、本件仮処分申請はその本案訴訟によつて得られる以上の利益の実現または権利の保全を目的とするものとして許されないといわねばならない。

本件のような仮処分を必要とする理由として抗告人主張のような事情があるとしても右の結論を左右するとはできない。その他抗告人の主張するところはいづれも右と異なる独自の見解を前提とするものであつて採るを得ない。

よつて、本件仮処分申請を却下した原決定は相当であるから、本件抗告を棄却することとして主文のとおり決定する。

(裁判官 西川美数 影山勇 秦不二雄)

別紙

抗告の趣旨

原決定を取消し

抗告人申請通りの仮処分命令を仰ぐ

抗告の理由

原決定の却下理由は「右被保全権利(土地の賃借権)の性質に鑑み」(一丁裏二行)とあり。原決定官安岡判事より聴取理由と共に其反対理由を陳述せん

一、債権なる賃借権は物権なる土地所有権の発動を制限し得ずと。決して然らず。

曾ては賃借権は其相手方債務者賃貸人に向い、賃借人をして当該賃借物の使用収益を為さしむることを求め得るに過ぎずと做されしは、今や陳腐説に堕し賃借土地を横取りせる第三者の出現に会はば(占有権侵害の回復とは別に)賃借権の行使として、当該第三者に向い、直接該土地の引渡を求め得しめられあるに至れる今日なり、之れ賃借権上の賃借土地引渡請求としてにもあれども、そはしばらく措くも、少くとも賃借権侵害の不法行為に因る損害賠償の請求として、金銭賠償には非ざる原状回復請求の是認せられある今日ならずや。

二、賃借権者は、何時にても賃貸人の所有権を拘束し得とせば、相手方の所有権に対比し、賃借権の過剰保護とはならずやと。決して然らず。

本件仮処分命令は、建物保護法による保護の中断せんかの間隙補充に外ならず。

(1)  賃借人が借地上に建物を所有し、該建物の所有権保存登記を有しなば、建物保護法により、敷地の地震売買により脅かさるることより保護せられあるなり。

(2)  此被保護物は何か。建物なり。建物が保護せらるるに従つて、賃借権も亦喪失せしめられざるは其結果なり。

然れども此両者は不可分一体にして、建物のみ保護せられ、借地権は保護せられずして反射的効果を受くるに過ぎざるにては決してなし。借地権ぐるみにて建物なり。今はそれ迄の説明を要せずと思料するも、要あらば項を更めん。

借地上に建物を有しなば、敷地所有権者の干与無く、建物所有者即ち借地権者のみの単独にて為し得る建物所有権保存登記さえ為さば、此保護に与り得るに拘らず、借地人之を為さずして被保護要件を欠かば、そは自業自得、自ら自己の権利を守ざるなり。

(3)  又賃借しながら、該借地上に建物を建設せずして経年せる間に、敷地の売買等行はれなば、地上の建物所有権保存登記無くして、敷地借地権を第三者に対抗し得ざるは、保護せらるべき建物無きの当然なり。

建物の外、借地権も保護せらるべきなれども其公示方法無きが故に之も亦保護せられざるなり。(次の(4) の(イ))

(4)  建物存し其所有権保存登記有るも、該建物か敷地上に物理的に瞬間丈存せざる間隙の保護の補充なり。

(イ) 已に建物存在し、其所有権保存登記の為されある該建物が、不可抗力なる類焼に会い其一部焼かれ、其残存部分の修理と補造の工程上、残存部分を一旦解体して為す方、工程容易なるにより、一旦解体して復元する迄の此間隙に、敷地所有権の名義の移転又は地上権の設定等あらば、該一旦の解体は以て建物の滅失せるには非で、依然の存続とは做されんも、(曾ては法隆寺、今は現に中尊寺の修理)或は又担当裁判所は之を以て地上には建物無しとせられなば、復元せる建物の存続は保護せられざることゝなる虞なしとせず。蓋し建物保護法は、其敷地を取引する第三者は取引の客体土地を先づ検分するを相当とし、又之を必然のことゝす。不代替物、其位置、形状、殊に隣接地、局囲との関係及環況等は該取引決意に重大関心事なり。若し該土地上に建物已存せば、其敷地に対する正権原を一応推定すべきも、該地上に有形建物見当らずんば、第三者も検討すべき何等のよすが無ければなり。

(ロ) 本件は類焼による一部の焼失には非ざれども、現存家屋、経年の結果、使用方法が、狭隘、不設備等により建物の一部建増し、(平家を二階に)改造、修理等を要するに至れるは、恰も類焼の如き不可抗力に準ずべきならずや。若し不可抗力に準じ得ずと仮定するも、賃借人の悪辣、恣意、賃貸人の権利、利益の侵害等憎むべきものの何等見るべきものなく、極て平穏公然善意無過失に出でたる建物の一時解体なり。

(ハ) 土地所有権の制限は極て短日時間

解体して復元する迄なれば、十日、長くとも十数日を出でず、復元建物が若し従前の建物と異る別建物と見らると仮定せば、新建物の所有権保存登記可能程度の迄工程の進捗を得る迄。そは取引の客体となり得る程度とせられあるにより、建築資金貸付の担保としての抵当権を設定し得ば足る。屋根、外廻(外壁)雨戸嵌め込み等にて足るとせらるるは斯界の常例なり。本件の構造、広さにては右と等日数にて足る。

三、借地権者と敷地所有権者との関係。

(1)  貸地人は借地に対し該貸借土地を使用収益せしむべき義務を負うものなれば、若し該義務負担の儘(註)に非ずして、其所有権を他に移転し、以て借地人をして該土地を使用し得ざらしめんには、之れ債務不履行に外ならず。即ち債権侵害たる不法行為の一種なれば、之を犯さんとの証憑有らば、之を看遁かして、因つて生ぜる損害賠償なる金銭請求を為さしむるには非で、

(イ) 先づ之を事前に差し止むるを最上とす。

(ロ) 差止め得ずして、一旦侵害せられなば、次には原状回復(の可能なる限り)を得しむべし。前記借地の横取り第三者への該土地の直接の引渡請求の如し。

(ハ) 以上孰も之を為し得ざるに至り、茲に甫て止むなきせめてもの填補損害賠償たる金銭請求となるなり。然れども此は立証の困難素よりながら、所要経費も想像外に嵩む等民訴案件中の最難随一にして、訴訟の癌とさへ称せらるる所以なり。

にも拘らず、往々にして耳にするは、之と正逆順にし

(イ) 不法行為は先づ看遁がす外なく、唯其結果生ぜる損害の賠償金銭賠償が原則。否又、損害賠償が出来るから看遁しても可と申さる。以ての外の誤論かな。かの謝罪広告の原状回復を許すは例外なりや。理論上、理想上、原状回復するに非ずんば、真正なる損害の回復には非ざるべし、唯、原状回復不能なるを如何せんのみ。

茲に、せめてもの填補金銭損害賠償による外なきのみ。此は救済の最下位ならずや。

原状回復にも勝るは、侵害を未然に予防するには非ずや。侵害の事前の差止め、かの占有保持の如き、条文にも現れあるを看過するは愚の至りには非ずや

(ロ) 経済上の損害を生ずること先づ絶無。

(a) 代替物殊に有価証券の如きは市価の変動急なるあり。(無きもあり)其処分禁止中換価を有利とする騰価を来せるに拘らず、之を看過せしめらるるの経済上の損害を蒙らしめらるるものあらんも、

(b) 不動産、土地の如きは之と正反対にして、旬日中の相場の変動の如き、絶無と謂うべし、

(c) 貸地人該土地の所有権移転、又は他の物権設定登記申請を為す場合、若し此禁止命令の登記の為されありとも、旬日間之を延期するに何の痛痒がある。蓋し仮処分命令の主文は「何日迄禁止す」との様に表示せられて可なるが故に該命令の登記の抹消せられざる前にても命令表示の日時経過せば、地主は該土地処分の登記を為し得ればなり。

(註) 土地所有権取得の第三者をして、従来通り借地人に使用収益せしむる義務を引き受けしめての移転ならば、貸地人は借地人に対し債務不履行とは為らざるも、今は借地権を第三者に対抗し得ざる場合なり。

(3)  本案の争なく訴訟なくんば本件如き仮処分命令は之を為し得ざるに非ずやと。決して然らず。

(イ) 本件の本案は賃借権に争あるを以て、其確認訴訟を提起せんとす。(申請書第二申請理由の三(二丁表八行))

本件の右本案訴訟の判決の執行なるもの無し。蓋し給付判決に非ざればなり。然れども確認判決にありても、其実を収むるからには之を広義の執行保全と申して可なりとの説あるは、御承知の通りなり。故に本件仮処分命令も尚ほ本案訴訟の判決の執行保全と申し得んも主たる効果は、仮の地位を定むるに非ざるか。即ち一応の賃貸借関係存在の実現ならずや。

(ロ) 借地権に争なくとも

即ち確認の本案訴訟をば提起し得ざる場合なりとも、執行保全は素より仮の地位を定むる仮処分命令は可能なりと謂うべし。かの和解調書、認諾調書等已に確定判決と同一効力を有し、更に提訴の実益なき場合(時効中断の為にするが如き実益あらば格別)に債務者が該調書所定の義務に違反するあらば、之を差止め又は保全する為の仮処分命令を為し得るに鑑みれば、本案の争なく、提訴なき場合亦然りと謂うべし。

四、原審裁判所には此種仮処分命令の前例なしとの仰。

(1)  前例は誰か之を作るにや。考究の進歩に従い、新例の出づるに非ずは、世は頽廃の一途のみ。須く自己の新例を、後輩をして更に改良せしめ進むべきには非ずや。曩の大審院長故横田秀雄判事の吾人後輩への訓示は常に「判例に従はざること、之に反対してこそ判例の進歩となるなり」と。

(2)  本代理人素より浅学。所論に怪しと思召すものあらば、何卒是非御質し頂き度し、誤れるは正し、用を為さざるは撤回致すべし。之を弁へ得ざるは、智能薄弱の恥辱の露呈のみ何卒御忌憚なく御叱正賜度切願し奉る。

(3)  原審決定官との間には叙上の意見の相違を生じ、貴裁判所の御裁決を仰かれんと、疾きを要するが故にとて、決定書も貴覧の如く、タイプによられず、判事殿自ら執筆せらるるの御厚意に与りたり。何卒早急御審理御考究を仰ぐ。

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